何も考えたくないときに、部屋に特定の置き場がなく平積みされている美味しんぼの文庫版を見てしまうんだけど、毎回気になる点がある。
子どもの頃はまったく気にしていなかったのだが、大人というものは本当に余計なことを考えるもので、「山岡さんって付き合ってもいないの栗田さんにプロポーズしたの?」ってことだ。結婚相手を家族が勝手に決めていた時代もあるそうだが、一応近現代を舞台にしているマンガでこれは不自然すぎやしないかと。
若い頃(20代)は「こいつら付き合ってもいないのにw」とネタで済ませていたんだけど、ほんとにアラフォーは面倒くさいもので、本件の不自然さについて考察を試みた。
仮説①:実はすでに交際していた
恋愛が主眼でないマンガでは、恋愛の部分をすっとばして「いつのまにか結婚してました」という風にキャラ同士をくっつけることがある。例としてMAJORの吾郎と清水(下の名前が思い出せない)とか。
扉絵やストーリー内で腕を組んでいたり、そもそも年齢もキャリアも5年ほど違う先輩後輩同士なのに、後輩側の栗田さんが平気でタメ口を違和感なく使っているわけで、直接的な描写がないだけで「作者のなかではすでに付き合っている」という認識であったという説はどうだろう。
しかし、これについては「他キャラの説明がつかない」で終わってしまう。中期からは二木さん近城さん団さんが登場し、五角関係をつくる。彼らも別に付き合っているわけでもない栗田や山岡に対し結婚というワードを多用しているし、普通に山岡or栗田とデート的なものをしているわけなので不自然になる。
仮説②:友人(同僚)以上恋人未満であった
考えてみたものの、だからなんだって感じ。基本的に①と同じことになる。近現代とはいえ30年前の時代背景を考えると、30代と思われる両者は交際=結婚という意識が現代以上に強くあり、山岡は絶対結婚しない主義なので、「付き合う」という関係性からは避けていた。しかし、あまりにも同僚以上恋人未満の関係性が長く、お互いのこともよく知っていたのでほとんど付き合っているようなものだろうということで、「いきなり」のプロポーズにいたった。ここまでなら確かにあるかもとなる。
でも結局「他キャラの説明がつかない」となってしまう。「団社長and栗田さん」と「近城さんand栗田さん」まで、「山岡and栗田」と同じレベルの関係性であった、というのは考えにくいなあ。ただ、山岡and栗田が付き合っていないのであれば、デートしたりいきなりのプロポーズを行っても、①ほど不自然ではない。
仮説③:そういう世界(時代)である
身も蓋もないがフィクションであり、マンガであり、「この漫画の世界ではこれが普通ですw」というパターン。さすがにこれだとすべてが終わってしまうので面白くなさすぎる。
ということでもう少し思考を発展(?)させて、30年前(90年代)という時代と彼らの年齢(推定30代)を考え、「彼らは全員、現代における婚活をしていた」というのはどうだろうか。
連載当時に婚活という言葉はなかったわけだけど、②でも触れたように30代ともなれば現代以上に交際=結婚という意識が強いと想像がつく。自分には理解できないが、恋愛をすっとばして条件勝負で結婚をする人もいるわけだ。
山岡and栗田は②のように同僚以上の特別な存在であるが、付き合ってはいない。しかし、結婚を急ぐ年齢でもある。同じく同年代の二木、近城、団も年齢的に結婚相手を見つけるのに焦っており(まあそんな描写はないが)、ようやく見つけた理想の異性に対し、特別な存在がいようがいまいが関係ねえ、アタックあるのみだと結婚前提の交際を模索。何度かデートしてもうそろそろいいでしょ結論出してよと、あたかも婚活で本交際に進むかの如く「まず一人に絞れ」という意味でプロポーズをする。
もしくは、五角関係の全員がバチェラーなど結婚相手を探すための恋愛リアリティーショーのようなイメージで(注:自分はバチェラーを一度も見たことがないのでだいたいこんな感じだろってので書いてます)動いている、ともいえるかもしれない。
お、なんかこの説は有力っぽくないですかね?
ま、異論は沢山出てくると思いますw












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